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『今日最後の日として生きる』

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『今日最後の日として生きる』

 

私は今日が人生最後の日であると心得て生きる。

 

それではこの最後の日にあたって貴重な今日1日を私はどのように過ごせば良いのだろうか?

 

まず第一に私は自分の人生と言う容器にしっかりと封をして中身が一滴たりとも外の砂の上にこぼれ落ちないようにする。

 

この意味は過去の不運をなげかないと言うことである。

 

私には昨日の不運昨日の敗北、昨日の心の痛みなど嘆いている暇は無い。

 

嘆いたとて既に過ぎ去ってしまった日の悪いことを良いことに変えられるはずはあるまい。

過去は過去として永遠に葬らしめよである。

 

私はそれらの事はもう考えない、ではどのように生きれば良いのか?

 

私は昨日のことを忘れることにしたが、同時に明日のことも忘れることにしよう。

 

今日のこの日が私にとって全てであり、そして今刻まれているこの時が私にとっての永遠なのである。

 

ファフィドは身が引き締まる思いだった。

 

今までの自分は11日をなんと無駄に過ごしてきたことか。

 

真剣な面持ちで、ファフィドは次の巻物を見た。

 

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仏教用語にも三世という言葉があります。

 

そのことのように私達は過去・現在・未来とあるように思ってます。

 

肉体を置いて意識が過去を振り返って見たり、

同じく未来を心配して意識が飛んでいたりと

あるのは今だけなんですね。

 

今を一瞬一瞬真剣に生きることがこの三世にも繋がるように思っています。

 

肉体と意識がここにある状態で一瞬一瞬を生きるこの事を私なりに三世と理解しています。

 

またこの事を三位一体とも言えると思います。

 

今日最後の日として生きるとは

一瞬一瞬真剣に生きることかもですね(笑)